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セレンディピティ

セレンディピティ

村野四郎

ばら

花     村野四郎
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いちりんの花をとって

その中を ごらんなさい

じっと よく見てごらんなさい

花の中に町がある

黄金にかがやく宮殿がある

人がいく道がある 牧場がある

みんな いいにおいの中で

愛のように ねむている


ああ なんという美しさ

なんという平和な世界

大自然がつくりだした

こんな小さなものの中にも

みちみちている清らかさ


この花のけだかさを

生まれたままの美しさを

いつまでも 心の中にもって

花のように

私たちは生きよう

燈台の光を見つつ


くらい海の上に 燈台の緑のひかりの
何といふやさしさ
明滅しつつ 廻転しつつ
おれの夜を
ひと夜 彷徨さまよふ

さうしておまへは
おれの夜に
いろんな いろんな 意味をあたへる
嘆きや ねがひや の
いひ知れぬ――

あゝ 嘆きや ねがひや 何といふやさしさ
なにもないのに
おれの夜を
ひと夜
燈台の緑のひかりが 彷徨さまよふ



 野分に寄す

野分のわきの夜半よはこそ愉たのしけれ。そは懐なつかしく寂さびしきゆふぐれの
つかれごころに早く寝入りしひとの眠ねむりを、
空むなしく明くるみづ色の朝あしたにつづかせぬため
木々の歓声くわんせいとすべての窓の性急なる叩のつくもてよび覚ます。

真しんに独りなるひとは自然の大いなる聯関れんくわんのうちに
恒つねに覚めゐむ事を希ねがふ。窓を透すかし眸ひとみは大海おほうみの彼方かなたを待望まねど、
わが屋やを揺するこの疾風はやてぞ雲ふき散りし星空の下もと、
まつ暗き海の面おもてに怒れる浪を上げて来し。

柳は狂ひし女をんなのごとく逆さかしまにわが毛髪まうはつを振りみだし、
摘まざるままに腐りたる葡萄の実はわが眠ねむり目覚むるまへに
ことごとく地に叩きつけられけむ。
篠懸すゞかけの葉は翼つばさ撃うたれし鳥に似て次々に黒く縺れて浚はれゆく。

いま如何いかならんかの暗き庭隅にはすみの菊や薔薇さうびや。されどわれ
汝なんぢらを憐まんとはせじ。
物もの皆みなの凋落の季節ときをえらびて咲き出でし
あはれ汝なんぢらが矜ほこり高かる心には暴風あらしもなどか今さらに悲しからむ。

こころ賑はしきかな。ふとうち見たる室内しつないの
燈ともしびにひかる鏡の面おもてにいきいきとわが双さうの眼まなこ燃ゆ。
野分のわきよさらば駆けゆけ。目とむれば草くさ紅葉もみぢすとひとは言へど、
野はいま一色ひといろに物悲しくも蒼褪あをざめし彼方かなたぞ。

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      六月



   白い静かな食卓布(テーブルクロス)

   その上のフラスコ

   フラスコの水に

   ちらつく花、釣鐘草

 
   光沢のある粋な小鉢の

   釣鐘草

   汗ばんだ釣鐘草

   紫の、かゆい、やさしい釣鐘草


   さうして噎(むせ)びあがる

   苦い珈琲よ

   暑い夏のこころに

   私は匙を廻す


   高窓の日被(マルキイズ)

   その白い斜面の光から

   六月が来た

   その下の都会の鳥瞰景(てんかんけい)


   幽かな響きがきこえる

   やはらかい乳房の、男の胸を抑へつけるやうな・・・・・・

   苦い珈琲よ

   かきまはしながら

   静かにわたしのこころは泣く・・・・・・


                    ~北原白秋


brog.JPG

家      ー千家元麿ー

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今朝も、ふと、目のさめしとき
 
わが家と呼ぶべき家の欲しくなりて
 
顔洗ふ間もそのことをそこはかとなく思ひしが
 
つとめ先より一日の仕事を了へて帰り来て
           
夕餉の後の茶を啜り、煙草をのめば
 
むらさきの煙の味のなつかしさ
 
はかなくもまたそのことのひよつと心に浮び来る――
 
はかなくもまたかなしくも

 
場所は、鉄道に遠からぬ
 
心おきなき故郷の村のはづれに選びてむ
 
西洋風の木造のさつぱりとしたひと構へ
 
高からずとも、さてはまた何の飾りのなしとても
 
広き階段とバルコンと明るき書斎……
 
げにさなり、すわり心地のよき椅子も

 
この幾年に幾度も思ひしはこの家のこと
 
思ひし毎に少しづつ変へし間取りのさまなどを
 
心のうちに描きつつ
 
ラムプの笠の真白きにそれとなく眼をあつむれば
 
その家に住むたのしさのまざまざ見ゆる心地して
        
泣く児に添乳する妻のひと間の隅のあちら向き
 
そを幸ひと口もとにはかなき笑みものぼり来る

 
さて、その庭は広くして、草の繁るにまかせてむ
 
夏ともなれば、夏の雨、おのがじしなる草の葉に
 
音立てて降るこころよさ
 
またその隅にひともとの大樹を植ゑて
 
白塗の木の腰掛を根に置かむ――
 
雨降らぬ日は其処に出て
                      
かの煙濃く、かをりよき埃及(エジプト)煙草ふかしつつ
 
四五日おきに送り来る丸善よりの新刊の
 
本の頁を切りかけて
 
食事の知らせあるまでをうつらうつらと過ごすべく
 
また、ことごとにつぶらなる眼を見ひらきて聞きほるる
 
村の子供を集めては、いろいろの話聞かすべく……


      星  
     
  夜ハガキを出しに
  子供を抱いて往来に出た
  郵便局の屋根の向ふの
  暗闇の底から
  星が一つ青々と炎へて自分の胸に光りをともした
  自分は優しい力を感じた、氣丈夫に感じた
  宇宙を通して火はめぐつて居るのを感じた
  至る處に優しい力がまき散らされてゐるのを感じた
  自分の内と星は同じ火でつくられ、同じ法則に従つてゐると思つた
  暗闇の底にある遠い星も自分で動かす事が出來る
  優しい力で動かす事が出來る


     創作家の喜び

  見えて來る時の喜び、
  それを知ら無い奴は創作家では無い
  平常は生きてゐても、本當ではない
  自分の内のものが生きる喜びだ。
  自分の内の自然、或は人類が生きる喜びだ。
  創作家は、その喜びの使ひだ。

                         ー千家元麿ー


 
はかなくも、またかなしくも
 
いつとしもなく、若き日にわかれ来りて
 
月月のくらしのことに疲れゆく
 
都市居住者のいそがしき心に一度浮びては
 
はかなくも、またかなしくも
               
なつかしくして、何時までも棄つるに惜しきこの思ひ
 
そのかずかずの満たされぬ望みと共に
         
はじめより空しきことと知りながら
 
なほ、若き日に人知れず恋せしときの眼付して
 
妻にも告げず、真白なるラムプの笠を見つめつつ
 
ひとりひそかに、熱心に、心のうちに思ひつづくる


                                    ― 石川啄木 ―


        春

   原へねころがり
   なんにもない空を見てゐた
          ──八木重吉



本を読むならいまだ
新しい頁をきりはなつとき
紙の花粉は匂ひよく立つ
そとの賑やかな新緑まで
ペエジにとぢこめられてゐるやうだ
本は美しい信愛をもつて私を囲んでゐる

室生犀星「本」

中也の詩でとても好きな一篇がある。それは、「彼女の部屋」という詩。

       彼女の部屋

  彼女には

  美しい洋服箪笥(やうふくだんす)があつた

  その箪笥は  かはたれどきの色をしてゐた

  

  彼女には

  書物や

  其の他色々のものもあつた

  が、どれもその箪笥に比べては美しくもなかつたので

  彼女の部屋には箪笥だけがあつた

     それで洋服箪笥の中は

     本でいつぱいだつた
                ー 中原中也 ー

夏の終り 伊藤静雄

夜来の颱風にひとりはぐれた白い雲が
気のとほくなるほど澄みに澄んだ
かぐはしい大気の空をながれてゆく
太陽の燃えかがやく野の景観に
それがおほきく落とす静かな翳(かげ)は
……さよなら……さようなら……
……さよなら……さようなら……
いちいちさう頷く眼差のように
一筋光る街道をよこぎり
あざやかな暗緑の水田(みずた)の面(おもて)を移り
ちひさく動く行人をおひ越して
しづかにしづかに村落の屋根屋根や
樹上にかげり
……さよなら……さようなら……
……さよなら……さようなら……
ずつとこの会釈をつづけながら
やがて優しくわが視野から遠ざかる


一人歩きは薔薇のにおいがする         滝口修造


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